れいるのおと

旅、鉄道、飛行機、ひとり言。あれこれかじって語りたいだけのブログ。

湧網線 計呂地駅跡とSL・客車を訪ねる

北海道には廃止になった路線が多くある。
廃線となった路線では、駅舎や廃線跡が残されていることがしばしば。広い北海道の各地で、そうした鉄道遺産が眠っている。


僕は遠征するたびに、それらを見学して回るようにしている。もちろんこれは北海道に限ったことではないのだけど、とりわけ北海道のそれは数も多く、アクセスしにくい場所にあることが多い。ちょっとした気合がいるのだ。


さて、今年の夏、2年ぶりの渡道で訪れることにしたのは北海道の東エリア。網走から北に車を走らせ、サロマ湖付近にある国鉄 計呂地(けろち)駅の見学に向かった。



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計呂地駅は国鉄湧網(ゆうもう)線の中間駅。

湧網線は中湧別~網走間を結んでいた路線で、オホーツク海サロマ湖に沿って敷かれていた。湧網線は89.8kmもある長い路線だったが、1987年に廃止、同じく計呂地駅も廃駅となった。
廃止後は、駅施設とSLと客車2両が静態保存。宿泊可能な交通公園として新たに整備され現在に至っている。


計呂地駅へは網走から国道239号を走ること1時間強で到着した。
入口、いや駅前ロータリーに大きな看板があるためとてもわかりやすい。8月なのに気温20℃という極寒の地らしい気候の中、見学を開始した。


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まずは駅舎。

保存されている計呂地駅舎。かなり状態が良くとても廃駅には見えない。
資料館・事務所として活用されているようだが、コロナ禍に入ってからは営業をしていないよう。


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裏手側にある建物は、「駅長の家」という名の宿泊施設に。元々は駅長室だったのだろうか。
シャワーなどがあり大人1泊500円~だそうだが、コロナ禍でこちらも休業中だった。



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続いて車両へ。

静態保存されているSLは、C58 139。1938年生まれ、汽車製造大阪工場で落成した車両だ。
西日本や関東を走ったのちに北海道へ。北見機関区に配置されて活躍を続け、1975年に廃車。廃車後は湧別の郷土資料館で保存されていたものの、1989年にこの場所に移設された。



北見機関区のC58の運用範囲は石北本線釧網本線、池北(石北本線北見~根室本線池田)線であり、湧網線ではSL9600形(キューロク)の活躍が主だったと言われている。僕は当時を知らない上に参考文献がないため詳細は不明だが、正確には湧網線を走ったSLではないのかもしれない。


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C58の後ろには客車が2両連結されている。
数年前には青い車体だったのだけど、2010年前後に茶色に塗り替えられた。

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1両目、スハ45 27。
1952年製造。本州で活躍するスハ43形をベースに、二重窓と寒冷地対策装備を持つ北海道向け車両として落成した客車だ。


車内は畳が敷かれ、宿泊者向けの寝台車両として使用されている。充電用コンセントがないため、宿泊は大人1泊300円~と駅舎に泊まるよりお安い価格設定となっている。駅舎とともにライダーハウスとして知られているようだ。



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2両目、オハ62 91。
1954年製、木製客車の車体を更新した鋼体化改造車だ。こちらも北海道向けの寒冷地対策が施された車両である。
車内は座席が保存されているが、立ち入りは不可。静態保存開始から30年以上経過しているが、状態は良さそうだ。


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車内へはホーム側ではなく線路側からはしごで上がることができる。2両ともデッキより先の車内へは立ち入り禁止、車内を除くことしかできなかった。


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車両の周りにはレールやモーターカーはあった。営業時には乗って楽しめるのかもしれない。

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駅舎、車両外観、車内、どれをとっても廃止後30年以上経過しているとは思えない保存状態の良さでとても驚かされる。
地域住民により管理・整備がされているとのことだが、無料見学OKなのが恐縮してしまうほどの綺麗さ。通常、廃線跡
遺構を見学をするとちょっとした物寂しさを感じたりするのだけど、ここは逆に廃線跡らしさが無く、時間の進み方がここだけ異なるかのような印象すら抱いた。各所にある湧網線廃線跡となんとも対照的で、印象深い訪問となりました。


今回はこの辺で。


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